裁判所書記官と聞くと、「六法全書を片手に、民法や刑法をバリバリ使って仕事しているのかな」と想像する人も多いかもしれません。でも実は、私たち裁判所書記官が日常業務で主に参照しているのは、民事訴訟法や刑事訴訟法といった、いわゆる「手続法」です。
この記事では、「実体法」と「手続法」の違いをわかりやすく解説しながら、裁判所書記官がなぜ手続法のスペシャリストと呼ばれるのかをお伝えします。

そもそも「手続法」って何?実体法との違いを解説
法律は大きく分けて、「実体法」と「手続法」の2種類があります。まず、それぞれの意味を整理してみましょう。
実体法とは?
実体法とは、権利・義務などの法律関係の内容そのものを定める法律のことです。代表的なものは以下のとおりです。
- 民法(お金の貸し借りや契約、相続など)
- 刑法(殺人・窃盗・詐欺などの犯罪と刑罰)
- 商法(会社や商取引に関するルール)
たとえば、「お金を貸したら、相手には返済する義務がある」というのは民法(実体法)が定めているルールです。
手続法とは?
手続法とは、実体法で定められた権利・義務を実際に実現するための手順・手続きを定めた法律のことです。代表的なものは以下のとおりです。
- 民事訴訟法(民事裁判を行うための手続き)
- 刑事訴訟法(刑事裁判を行うための手続き)
- 家事事件手続法(離婚・相続など家庭裁判所の手続き)
- 民事執行法(強制執行の手続き)
実体法と手続法、具体例で理解しよう
少しイメージしにくいかもしれないので、具体的な例を使って考えてみましょう。
たとえば、あなたが友人に100万円を貸したとします。「100万円を貸したのだから、返してもらう権利がある」——これは民法(実体法)が定めるルールです。
でも、友人が「お金なんて借りていない」と言い張って返してくれない場合、どうすればいいでしょうか?その答えを教えてくれるのが民事訴訟法(手続法)です。
裁判所に訴えを起こし、勝訴判決をもらい、それでも払わなければ強制執行(民事執行法)によって財産を差し押さえる——という一連の流れが、手続法によって定められています。
つまり、「権利がある」ことを決めるのが実体法、「その権利をどうやって実現するか」を決めるのが手続法、というわけです。
裁判所事務官になって初めて気づいたこと
私が裁判所事務官として採用されたとき、最初に驚いたことがあります。それは、訴訟法(手続法)を想像以上に使うということと、逆に実体法 (民法・刑法など)はあまりわない、ということでした。
裁判所事務官の採用試験では、憲法・民法・(選択によっては刑法)の実体法を一生懸命勉強します。しかし、いざ職場に入ってみると、毎日開くのは民事訴訟法や刑事訴訟法ばかり。
事務官ひよこ「あれだけ必死に民法を勉強したのに、使うのは訴訟法なの!?」と、当時は正直戸惑いました。
もちろん、実体法が不要というわけではなく、民法や刑法の知識が必要な場面もあります。ただ、日常業務の中心は手続法です。
裁判所書記官になるための研修所入所試験でも、憲法・民法・刑法に加えて訴訟法が出題されます。そして研修期間中は、ひたすら訴訟法を学び続けます。裁判所書記官になった今でも、六法で真っ先に開くのは民事訴訟法か刑事訴訟法です。
民事訴訟法の具体的な流れで手続法を体感しよう
ここでは、実際に民事訴訟法(手続法)がどのように機能しているのかを、具体的な流れで見てみましょう。先ほどの「100万円を返してもらえない」という例を続けます。
①訴状を提出する(民訴法133条)
裁判を起こすためには、まず訴状を裁判所に提出しなければなりません(民訴法133条)。
ただ出せばいいというわけではなく、訴状に何を記載しなければならないかも法律で定められています(133条2項)。当事者の氏名・住所、請求の趣旨、請求の原因などを記載する必要があります。
また、収入印紙と郵便切手の添付も必要ですが、これは民事訴訟費用等に関する法律に定めがあります。
②相手方に訴状を送達する
訴状が受理されても、相手方(被告)に届かなければ裁判は始まりません。
訴状は原則として裁判所から相手方に郵送されますが、これも民事訴訟法に「送達」の規定として定められています (民訴法98条以下)。
相手が受け取らない場合や、住所が不明の場合の対処法(付郵便送達・公示送達など)も、すべて手続法で定められています。
③口頭弁論期日が指定される
訴状が相手方に届いたら、裁判所は口頭弁論の期日(裁判の日程)を指定します。この期日をいつ、どこで開くか、何をするか——これもすべて民事訴訟法が定めています。
このように、「裁判を起こす」という一つのアクションの中に、たくさんの手続法のルールが詰まっています。手続法は、裁判所で働く人だけでなく、自分の権利を守ろうとするすべての人にとって、とても大切な法律です。
裁判所書記官は手続法のスペシャリスト
裁判所書記官の役割は一言でいえば、「訴訟手続きのプロとして、裁判官が判決を出すことに専念できる環境を整えること」です。
そのために、裁判所書記官は訴訟法を理解していなければなりません。いわば、手続法の専門家(スペシャリスト)といえます。
じつは、裁判官でも手続法の細かいルールをすべて把握しているわけではありません。訴訟手続きに関する詳細な規定については、裁判所書記官がサポートする場面も多くあります。
法律を事例に当てはめて問題を解決する——これは主に実体法(民法・刑法)の世界です。一方、裁判所書記官が担うのは「その問題解決のための手続きを正しく進める」という役割です。
訴訟は、実体法と手続法の両輪で動いています。どちらが欠けても、正しい裁判は実現できません。
民法・刑法を活かしたいなら、裁判所書記官は少し違うかも
もし、「民法や刑法をバリバリ活用して問題を解決したい!」という気持ちで裁判所職員を志望しているなら、少し立ち止まって考えてみてください。
裁判所事務官・裁判所書記官の仕事は、実体法を直接使うというよりも、手続法に基づいて訴訟を適切に運営することが中心です。入庁後に「思っていた仕事と違う……」とならないためにも、この点はしっかり理解しておくことをおすすめします。
逆に言えば、「手続きのプロとして、縁の下の力持ち的な役割で裁判を支えたい」という人には、とてもやりがいのある仕事です。
まとめ:書記官の仕事は「手続法」で成り立っている
この記事のポイントを整理します。
- 実体法(民法・刑法など)は、権利・義務の内容を定める法律
- 手続法(民事訴訟法・刑事訴訟法など)は、権利を実現するための手順を定める法律
- 裁判所書記官が日々の業務で主に使うのは手続法
- 裁判所書記官は「手続法のスペシャリスト」として、訴訟を支える重要な存在
- 実体法をメインに使いたい人には、仕事内容に違和感を覚える可能性がある
裁判所書記官の仕事は、よく「コートマネジメント」や「調書の作成」と説明されます。でもその本質は、手続法を熟知したプロとして、裁判を支えることにあります。
裁判所への就職・転職を考えている方、あるいは裁判の仕組みに興味がある方にとって、少しでも参考になれば嬉しいです。








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